やっぱり、人間は体を使わないといけないのです。

  • 2018.01.14 Sunday
  • 21:56

ねこ

この間、人間が何もしなくなるような未来が怖いと書いたのですが、

テレビでこんな特集がありました。

 

NHKスペシャル | シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク

その第3回は 『”骨”が出す!最高の若返り物質』

 

 

 

フェルデンクライスは、

骨格の動きにアプローチするものなので、

興味を持っていたのですが、こんな内容でした。

 

このシリーズは、

体の中には巨大なネットワークがあって、

脳を介さず、各臓器が直接互いにやりとりをしたり、

指令を出したりしている、というものですが、

 

この回は『骨』が出している指令。

 

骨からは、主に

 

「筋力のアップ」

「記憶力のアップ」

「免疫力のアップ」

など、体や脳の若さを保つメッセージが

発信されているのだそうです。

 

その若さを保つための指令物質は、

骨の成長をになう細胞が出す。

 

そしてその骨の成長を促すきっかけとなるのは

 

足への衝撃

 

つまり、

 歩いたり走ったりして足に衝撃が伝わる

   ↓

 骨の成長をうながす、骨芽細胞が増える

   ↓

 骨芽細胞が、若さを保つメッセージを全身に出す。

 

ということなのだそうです。

 

骨って、ただ体を支えるだけの

カルシウムのかたまりではなかったのですね。

 

 

同じ運動でも、

自転車だと衝撃がないので

骨が衰えてしまうのだそうです。

 

これは、活発に動き回る個体が生き残れるようにという

進化の過程においての働き。

 

 

自分の足で歩いたり動いたりすることをしなくなると

免疫力も、記憶力も、筋力も衰え、老化が進むのですね。
 

 

これを観てから、

最近サボっていた、毎日一駅分歩くのを再開しました。

 

例えば、「階段を下りる」 なんて

足に衝撃を与える絶好の機会!

エレベーターを使うなんてもったいない。

 

やっぱり、人間は

機械任せにして『自分がする』ということを、

放棄してはいけないのです。

 

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伊藤道郎シンンポジウム

  • 2017.11.12 Sunday
  • 16:36

ねこ

11/11(土)

早稲田大学小野記念講堂に

早稲田大学演劇博物館のシンポジウム

『世界を駆け抜けた舞踊家・伊藤道郎』

を聞きに行ってきました。

 

(ネット上から拝借したお写真です。)

 

伊藤道郎さんというのは

戦前戦後、欧米で高く評価された舞踊家です。

戦後は、日本で進駐軍しか入ることのできない

アーニーパイル劇場(現在の東京宝塚劇場)で

演出を任され、

 

昭和39年の東京オリンピックの

開会式閉会式の総合演出をすることになっていたが

その前に亡くなられて実現できなかった。

 

俳優の千田是也氏、

舞台美術家の伊藤熹朔氏の兄。

 

私がレッスンに使わせていただいている

Ito・M・Studioのご親戚です。

 

‥知ったかぶりをしましたが、

私はあまり伊藤道郎さんについて

詳しくは知らなかったので、

 

伊藤道郎さんの足跡を

写真や動画などをまじえて知ることができる

とても興味をひかれる内容でした。

 

講演は

 伊藤慶子(Ito・M・Studio)

 井村恭子(ミチオイトウ同門会)

 ミシェル・イトウ(Micio Ito Foundation)

 武石みどり(東京音楽大学教授)

 柳下恵美(早稲田大学教授)

 メリー・ジーン・コウウェル(セントルイス・ワシントン大学準教授)

 柴田康太郎(早稲田大学演劇博物館研究助手)


メリー・ジーン・コウウェルさんの

『現代のダンス界における伊藤道郎とその作品の継続的意義』

という講演で

 

最新のダンス雑誌に特集されていた項目と

伊藤道郎さんのメソッドに

通じるものがあるというお話があったのですが。

 

それは、フェルデンクライス・メソッドと

近いものがあって、

面白いなぁと思いました

 

・呼吸を止めない。

・ゆっくりな動きから始める

もう一つは‥、ちょっと言葉を忘れてしまったのですが、

自分を深く見つめる、ということに通じるようなものでした。

 

フェルデンクライスも

自分の体に注意を向け、

自分が何をしているのかをとらえようとする。

 

モシェ・フェルデンクライスの

『自分が何をやっているのかがわかれば

 何でもできる』

という言葉にも関係があるような。

 

それに関連して

フェルデンクライスメソッドで教えられる

『良い行動とは』というのを

帰宅後に見直したので、

紹介しますね。

 

・呼吸(「呼吸が止まる」というのは行動が正しく行われていない)

・余分な動きがない

・自分の全てが参加している

・努力しない(努力がいる時は、やろうとしていることと行動が一致していない)

・可逆性(どこでも止まって引き返せる)

 ※電車の隣の席にドサっと落下するように座る人がいますよね。そういう動きは途中でやめることができません。最小限の力でスッと座る時は、途中でやめて立つ姿勢に戻ることができます。動きが自分のコントロール下にあるからです。リバーシブルというのは動きの大切な要素です)

・骨盤が動きのパワーを生み出し、

 四肢や小さい筋肉が細かい動きを作る

・表情や全体の動きが行動に合っている

 

などです。

 

 

他の人にはない感覚とスケール

ものすごい才能の持ち主だった

伊藤道郎さんが演出する

オリンピックの開会式は

いったいどんなものだったのだろう‥。

 

本当に観てみたかった。

(あ、その頃はまだ生まれていませんでしたが^^)

 

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夢のような未来の世界で、人間は幸せ?

  • 2017.10.29 Sunday
  • 18:44

花

TVで東京モーターショーの様子を見ました。

 

何もしなくても目的地に行ける

ハンドルのない自動運転の車。

 

AI、人工知能が搭載されている車。

運転手が汗をかいていると

暑いと判断して

自動的にエアコンのスイッチが入るのですって。

 

すごい!

 

子どもの頃に夢見ていた

未来の世界は、

 

座っているだけで目的地に行ける

空飛ぶ車。

 

家には何でもやってくれるロボットがいて

 

蛇口をひねるだけで

おいしい飲み物が出てくるとか^^。

 

SF小説を読みながら

わくわくした。

 

TVを観ながら、

そんな夢のような世界に

少し近づいているのかな・・?

と思いました。

 

 

でも、同時に

‥ちょっと待てょ、と思った。

 

未来の世界のキーワードは

昔も今もあまり変わらない。

『自動化』

『人間の代わりに、機械がやってくれる』

ですよね。

 

 

まだまだ未来の世界とは言いがたいけれど、

30年前と比べると、

人間がやらなくてもいいことは

今でも、確実に増えている。

 

最近は自分でペンを持って

字を書くこともあまりないし、

座ったままでできる仕事が増えている。

 

 

私がやっている

フェルデンクライスの基本的な考えは

 

『行動が脳を変える』

ということです。

 

逆に、行動しないと、

脳は衰退していくのです。

 

体の動きでいうと、

 

よく使っている部分や

普段しょっちゅう意識を向けている部分は

脳内の領域が広がり、精度も増して行く。

 

逆に、普段使わない部分は

だんだん脳の中の、領域が失われていく。

 

しかも、体の機能が衰えると、

深いつながりのある

思考や、感覚や、感情にも影響するのです。

 

どんなに世の中が便利になっても

やっぱり人間は

自分の体を使って実際にやること

実際触れたり、聴いたり見たりして、体験することは

すごく重要なのだと思います。

 

 

自動でエアコンをつけてくれる車では

 

『なんだか暑いなぁ』

 ↓

『窓をあけようか、それともエアコンを入れる?』

 ↓

『エアコンにしよう』

 ↓

スイッチに手を伸ばす

『温度設定はいいかな?』

 ↓

『しばらくこれで様子をみるかな』

 

こんな、ちょっとした状況判断や、決断も

丸ごとしなくていい。

 

確かに、楽だけど、、

考える力が衰えるのではない?

 

『暑い』 と感じることすらできなくなるかも。

 

 

最近は、洗濯機も

自動で洗剤をはかって入れてくれるみたいですね。

 

どの分野でも、

技術の進歩イコール『人間がやらなくていい』

 

この未来は、本当に人間を幸せにする??

 

そろそろ未来のビジョンは

方向転換しないと、危ないのではないかな。

 

私は、この技術の進歩の行きつく先は

何だか、ぞっとするというか、怖い。

 

 

未来の人間のために、もっとも良い方向は。

『人間が自分でやる』『豊かな体験をする』

だと思うのです。

 

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「がんばってね。」って言ってもいい?

  • 2017.06.11 Sunday
  • 14:18

花

私は、レッスン中によく

「がんばらないで」と、言います。

 

どんな人でも

「レッスン」というと

力いっぱいやったり

自分の動かせる限界まで大きく動いたり

疲れてもやめないで

やり続けたりする傾向があるかなと思います。

 

また、

元々ある刺激が大きいと、

小さな変化に気づくことができないという

 

ウェーバー・フェヒナーの法則

というのがあるからです。

 

明るい部屋で、ろうそくを1本灯しても

明るさの変化に気づけない。

でも、真っ暗な部屋だったらすぐにわかる。

 

重い荷物を持っている時に

誰かが荷物の上に紙を1枚載せても、

気づきません。

 

レッスン中に、

頑張ってたくさん力を使っていると

動きの違いや、体に起きる変化に

気づけないのです。

 

多くの人が、ふだんから、

必要以上に、力を使いすぎてしまっているような気もします。

 

 

ところで、、、

実は、以上のことと、全く逆みたいなことを言いたいのですが・・、

 

最近では、「がんばってね。」という言葉は

悪者扱いされることが多くなりました。

 

大震災や、災害が続き

被災者の方が

「心身ともに弱っている時に「がんばって」と言われると辛い。頑張れない・・」

「こんなに頑張っているのに、まだ頑張らなきゃいけないのか・・」

と、思われていることを知ったり、

 

また、近年増えている、うつ病など。

頑張るだけの気力がない時にかけられる

「頑張れ!」という言葉にどんなに追いつめられるか。

 

昔は気軽に使っていた

「がんばってね。」という言葉を

不用意に使ってはいけないのだということを学んだ。

 

最近は、そういう特別な状況にいなくても

「がんばって、と言われるのが嫌いです。」

「頑張りたいと思っていませんから。」

という方もいらっしゃるので、

 

つい、がんばって、と言ってしまいそうになる時に

気を使って、他の言葉に置き換えます。

 

舞台だったら

『いい初日になりますように』とか

 

‥、と同時に

なんだかモヤモヤするというか、

釈然としない気持ちもあるのです。

 

 

私、今のNHKの朝ドラを観ているのですが

『ひよっこ』

 

よく登場人物が、『頑張ってね』と声をかけたり

また、陰ながらこっそり『‥頑張れ』

と、つぶやくようなシーンがあるような気がします。

 

気持ちのいっぱいこもった

とても、温かい場面です。

 

なぜ、モヤモヤしたかに思い当たったのですが、

 

普通に使う『がんばってね』

の言葉の中に、

 

・全力でやれ・・とか

・手を抜くな・・とか

 

そんな意味は含まれていないのです。

 

ただ、応援したい気持ち、

上手くいくように祈ってるょ、とか

 

相手を思う気持ちを伝えるための言葉として

 

『がんばってね』と

言っていたのではないのかな。

 

元の言葉の意味にとらわれず。

 

たとえば、『ありがとう』という言葉は

滅多にないという『有り難い』から

来ているのではないかと思いますが、

 

元々の言葉にこだわると

『いえ、よくあることなので

 「ありがとう」とは言いたくありません』とか?

 

 

誰かにエールを送りたい時にかける

しっくりくる言葉が、他に見つからないのと、

 

「がんばってね」と言ってはいけないような

窮屈さと、理屈っぽさが

好きになれない。

 

 

今まで、心や体が弱っている人に

無神経にかけてしまっていた

『がんばって』には十分注意するとして、、、

 

普通に、前向きに何かに立ち向かう人にかけられる

温かい『がんばってね』は

素直に、喜んで

気持ちを受け取ればいいのではないかな・・。

 

 

とはいえ、最初に書いたように

『頑張るのがよいことだ』という

昔ながらの風潮には、賛成できないので、

 

実際には、

頑張りすぎずに

必要とする力を見極め、

そこにある微妙な違いを感じ、

その選択肢の中から、良いと思うものを選んでいく。

フェルデンクライス的な生き方の方が良いかと^^。

 

 

ついでみたいで、なんですが、

モシェ・フェルデンクライスの言葉を。

 

『1つのことをするのに、

 1つのやり方しかないのは機械と同じ。

 

 いくつかの選択肢の中から自由に選べることで、

 より人間らしくなる』

 

『学習するということは、

 すでにやり方を知っていることを、

 他のやり方でもできるようになること。

 

 やり方がたくさんある程、

 選択の自由が大きくなる』

 

そのために、使う力を減らすのです。

がんばって!

…あ、がんばらないで^^。

 

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自分で判断するのはむつかしい…f^^

  • 2014.01.14 Tuesday
  • 12:42
梅
毎年お正月にやっている、『芸能人格付けチェック』 という番組。
これ、面白いけど、深い内容だと思う。

食通といわれる芸能人が、
最高級の松茸の土瓶蒸しより、永谷園のお吸い物の方をおいしいと言ったり
最高級のワインをけなしたり‥

笑っちゃうけど
自分のことを考えると 笑いごとでもないかもしれない。

私たちはふだん
おいしいとか
美しいとか

絵とか映画とか音楽とか料理とか、人とか
何かをみるときに
事前の情報や知識を無意識に頼りにしていないだろうか‥?

『これは最高級の〜〜』
なんて言われると
安心して 『わぁ、なんて美味しいの!』 と言える。

世界的に有名な画家の絵だと、素晴らしいと思えてしまう。

それがどんなものなのか、事前にわからないと
本当に自分が好きか嫌いかだけで判断しないといけないとなると
高い物なのか 安い物なのかわからないと

もしかしたら、ぜんぜん違う感想になるかもしれないー。
いや、どう思ってよいのかわからなくて
困ってしまうかもしれない。


寅さんの映画にこんなのがあった。
寅さんが旅先から持って帰ってきた茶碗
ある日
『寅次郎さん所有の○○先生の作品を、展覧会に出品するのでお貸しください』
と男性が訪ねてくる。

たしか、とらやでは
どうせたいした物ではないだろうと思って
犬のエサ入れか、灰皿か??
そんなものに使っていて、『え、これが!!?』 と、みんながびっくりする。

寅さんは、そういう世間の評価に左右される人ではないから
『お、そうかい、じゃぁ貰ってくょ。』 みたいな感じで
偉い陶芸家の先生にプレゼントされたその茶碗を
箱にも入れずに持ち帰る。

どんなに偉い陶芸家の先生でも
寅さんにとっては、ただの一人の人にすぎない。
もっと若い時にはわからなかったけど
それが「寅さん」のすごいところなんだなぁと
今になってわかる。


前に書いた、アインシュタインの言葉の中に
自分の目でものを見、自分の心で感じる人間がいかに少ないことか。
というのがあったけど

たしかに、前もってどんな物なのか、どんな人なのか
わかっていた方が安心してしまう。
私も たぶんそうだ‥Docomo_kao8


ただ 目の前のものと向き合って
何の評価もなく
自分で感じて、自分で決めることができたら‥

フェルデンクライスでは
そういう風に教えられてきているはずなのに
実際には、なかなか難しいことですね。

芝エビでも バナメイエビでも
自分がその料理をおいしいと思ったのなら、それでいいじゃないか…(偽装はよくないけど)

世界的な画家の絵より、その辺の愛好家の絵を好きだと思ってしまったら
それはそれでー。

あの番組を見ていると
世の中で 『良い』 とされているものと、普通のものの差って
けっこう微妙なものなんだぁと思う。

それがわからなくても、そんなに恥じることはないのよね‥Docomo_kao1

わかっているように見える人でも
実は案外そうでもなかったりするもんだ‥。

あまり そういうものの権威をおそれないようにしよう。


もう一つ、前にも紹介したアインシュタインの言葉。

『何も考えずに権威を敬うことは、真実に対する最大の敵である。』

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NHKスペシャル ミラクルボディー

  • 2012.07.17 Tuesday
  • 21:40
 
3夜連続で放送された
NHKスペシャル 『ミラクルボディー』
面白かったです。

どの回も興味深かったのですが
一番面白かったのは、2日目の体操選手 内村航平の回。

ひねりを加えたジャンプからの正確な着地
彼の強さを支えている能力

その秘密は、
あの速さで 何回ひねっているか
床と天井が交互に視界に入っているのをちゃんと見ている 『視力』。
動体視力と瞬間視力が並はずれているのだそうです。

それから、
空中にいる時にでも、床がどちらの方向にあるのかを正確に把握する
『重力感覚』。
これは普段生活している時には全く意識に上らないけど、大切な感覚。

着地をする前に、床に対して垂直に着地するように
空中で微妙に体勢を修正するから、ぶれないのだそうです。
他の選手にはまねできない。

もう一つは、技を習得するときに
その動きをまるで自分がやっているかのように
一人称でイメージできる 『イメージ力』。

他人の演技をイメージして思い出す時に
普通の選手は、脳の視覚野が働いているのに対して
内村選手は、高次運動野がまるで自分が動いているように活発になっているそうです。

今まで、運動選手のトレーニングって
筋力や柔軟性、瞬発力、バランス力など「体を鍛える」イメージでしたが

視覚、重力感覚、イメージ力。
うーん。面白い。

体を動かすって、筋肉の働きだけではなく
色々な感覚や、脳の働きが密接に関わりあってるというのが
だんだん常識になってくるのでしょうか。

フェルデンクライスをやっていると
何かいいなぁ、と思います、この流れ

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脳の中の他人ー?

  • 2011.12.21 Wednesday
  • 12:27
 
前に、書いたことのつづきなんですが‥。

人間の脳に関する本を読んでいて面白いなぁー、と思うのは

私たちは、誰の意志で行動しているの?!
ということです。


たとえば、私が手をあげたとします
私の意志で

でも、

私が 『手をあげよう』 と考えるよりも、わずかに早く
脳の運動の領域では、手をあげる為の部分がすでに活動を始めているのだそうです‥!

私が手をあげると決めた時には、もうすでに、脳は手をあげる準備している。
これは、順番が逆じゃないのー??
じゃ、いったい手を上げる事を決めたのは誰なのー


こんな実験があるそうです。

AさんBさんの2人の写真を交互に見せるのですが、
多くの人が、Aさんの方により好感をもったというのです。

実は、Aさんの写真を見るためには視線を動かさなければならないけど、
Bさんの写真は視線を動かさなくても見られるようになっていたのです。

脳は、『わざわざ視線を動かしてまでAさんを見るということは、
私はAさんのことが好きなのだろう』 と判断するというのです。

私たちが、誰に好意をもつかということまでが
そんな風に決められるなんて、びっくりします‥。

また、吊り橋の上で愛の告白をすると成功しやすい。
ということがあるそうです。

高い所が怖くて心臓がドキドキしてるのを、
脳は、『こんなにドキドキしているのは、この人のことが好きなのね』
と勘違いするのです。

私たちが自分の意志だと思っている多くのことが、
実は、体からの情報を基に脳が勝手に判断していることが多いのですね。

じゃ、私たちは、自分の意志ではない、何か他のものに操られているのかというと
そうではないのですね。

前に書いた『無意識の領域』 も、
そうやって勝手に色々判断してしまう脳も
間違いなく自分自身だから、
結局自分で判断しているということになるのでしょうね。

ただ、私たちがはっきり知覚できるのは、
私たち自身の、ほんの一部だというだけのことなのでしょう。

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